『澁澤龍彦 ドラコニアの地平』世田谷文学館編

澁澤龍彦の世界

昨年末、「澁澤龍彦 ドラコニアの地平」展を世田谷文学館に見に行った。没後30周年の大回顧展、とある。人影もまばらでありがたい。残念ながら世田谷文学館は交通の便があまりよくないのである。

澁澤の書いたものは私には読んで楽しく、触発されるところも多くて、中野定雄·中野里実·中野美代訳『プリニウスの博物誌』(雄山閣)や小倉斉·高柴慎治訳注、石川鴻斎著『夜窓鬼談』(春風社)などの書物を買い込んだのも、そのおかげである。ついでながら、ポール·デルヴォーの裸体の女の妖しい美しさに目を開かれたのも、澁澤の一文を読んだことによる。

私はここで、澁澤龍彦の仕事について論評するつもりもないし、その資格もない。一つには、彼の文章の対象ははなはだ広くて、それに追いつけるだけの当方の知識が欠如しているということもある。ただ、前記『夜窓鬼談』において、訳注者の一人高柴慎治氏が巻末の「『夜窓鬼談』の世界」のなかで、澁澤の作品、具体的には『ねむり姫』と『うつろ舟』に収められたそれぞれ二篇の短編と『夜窓鬼談』にある四つの「鬼談」とが対応することを指摘されたあと、「しかし、澁澤の作品は、いわゆる『再話』ではない」と説かれていることを述べておきたい。高柴氏の分析により、澁澤は種となる話を文献から拾ってくるが、それを育てて自分の創作としてゆく過程が具体的にわかるところがあるからである。

百科全書的に知識が多いということは、読書量が多いということを意味する。このことについては、世田谷美術館の館長である酒井忠康氏の『片隅の美術と文学の話』(求龍堂)を引用させていただこう。

酒井氏は、澁澤とおなじく鎌倉に住んでおられるので、生前の澁澤を街で見かけられたという。澁澤はめったに外出しないから、本はもっぱら鎌倉の馴染みの書店に注文していたそうである。酒井氏は、偶然にその書店で澁澤の注文書のコピーを入手されるのだが、彼が、「一か月に読む本は、リストのもので二十冊か三十冊、いや、もっと多いかな」と言っていたということも知られるのである (「澁澤龍彦の最後の注文書」)。

注文した本を読むだけではない。すでに書棚に収まっている本を読み返すということであろう。世田谷文学館で手に入れた前掲「回顧展」の公式カタログと銘打たれた書物(平凡社)によれば、澁澤は昼夜逆転の生活をしていたらしいから、読書はもっぱら夜であったと思われるが、それだけではない、当然に執筆の時間、それはおそらく読書よりも時間を割かれなければならなかったであろうに、この読書量には驚くほかはない。

この公式カタログでは、没後すぐに出版された『高丘親王航海記』についての、菅野昭正氏の論考「『高岳親王航海記』讃」が出色のものと私には感じられた。さっそく書棚から同書を引っ張り出して、再読したこと、澁澤の書物は、その多くが箱入りで装丁に気を配っているのだが、あらためて、同書の装丁を愛でながらであったことを記しておきたい。

平井一雄

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